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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)139号 判決

兵庫県西宮市下大市東町130番地の2

原告

橋本健二

同訴訟代理人弁護士

酒井正之

同訴訟代理人弁理士

岸本瑛之助

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

清川佑二

同指定代理人

青山紘一

幸長保次郎

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が昭和62年審判第9575号事件について平成6年4月21日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告及び〓本憲治は、昭和56年3月12日名称を「パンティ、ブリーフなどの下着」(後に「中深型のパンティ、ブリーフなどの下着」と補正)とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和56年実用新案登録願第35145号)をしたところ、昭和62年3月30日拒絶査定を受けたので、同年5月29日審判を請求し、昭和62年審判第9575事件として審理された。原告は、昭和63年5月28日〓本憲治から本願考案に係る実用新案登録を受ける権利の持分全部を譲り受け、同年7月28日特許庁長官に対しその旨の届出をした。特許庁は、平成6年4月21日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年5月19日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

下腹部を覆う前部片(2)と、左右両臀部を覆う後部片(3)と、股間部を覆いかつ前部片(2)と後部片(3)を連続せしめている連結片(4)とよりなり、前部片(2)の上部両側に左右方向にのびた突出部(21)が形成せられ、後部片(3)の上部両側に左右方向にのびかつ前部片(2)と後部片(3)とを両者の中心線(l)を合致せしめて重ね合わせたさい、前部片(2)の突出部(21)より突出するように左右方向にのびかつ同突出部(21)より斜め上方向にのびた突出部(31)が形成せられ、前部片(2)の突出部(21)の端縁(24)と後部片(3)の突出部(31)の端縁(34)とが同じ長さになされるとともに各片(2)(3)の中心線(l)に向って上方に傾斜せしめられ、しかも前部片(2)の上縁(25)が一直線状に形成せられるとともに、後部片(3)の上縁(35)は同片(3)の中心線(l)上が最もへこんでいる彎曲形状となされており、縫い合わせ前の後部片(3)の下縫合用縁(33)および連結片(4)の後縫合用縁(42)の間に、これらを突き合わせた状態において後部片(3)および連結片(4)の中心線(l)に対し左右対称でかつ中心線(l)に向って幅が漸増した間隙(5)を生ぜしめるように、後部片(3)の下縫合用縁(33)が凹形状に、連結片(4)の後縫合用縁(42)が凸形状にそれぞれ形成せられるとともに、後部片(3)の下縫合用縁(33)の左右端(イ)が連結片(4)の後縫合用縁(42)の左右端(ロ)の近傍に位置せしめられており、かつ着用時後部片(3)と連結片(4)の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように後部片(3)および連結片(4)が形成せられるとともに、後部片(3)が左右両臀部のほぼ全体を包むようにその左右両側縁(32)が凸弧状に形成せられ、後部片(3)の両突出部(31)の下縁(50)が凹弧状に形状せられて同片(3)の両凸弧状側縁(32)にそれぞれ連なっており、さらに前部片(2)の左右両側縁(22)がそけい線以上に位置するように両側縁(22)が凹弧状に形成せられ、前部片(2)および後部片(3)の両突出部(21)(31)がこれらの端縁(24)(34)において縫い合わされるとともに、後部片(3)の下縫合用縁(33)が連結片(4)の後縫合用縁(42)に縫い合わされており、前部片(2)、後部片(3)および連結片(4)がメリヤス製である中深型のパンティ、ブリーフなどの下着(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  本出願前に頒布された刊行物である昭和52年特許出願公開第21950号公報(以下「引用例1」という。別紙図面2参照)には、第1図に、上部両側に左右方向にのびた突出部を有した腹部包囲部(30)、上部両側に左右方向でかつ斜め上方向にのびた突出部を有した臀部包囲部(28)、および股部包囲部(32)の各部片からなり、各突出部の端縁は同じ長さでありしかも各部片の中心線に向かって上方に傾斜し、臀部包囲部片および腹部包囲部片の上縁は同部片の中心線上が最もへこんだ彎曲形状となっているパンティの展開平面図が示され、第3図には、各部片を縫合してできたパンティが示され、使用される繊維素材としては従来ランジェリー等の製造に使用されているものと同様の材料のものであることが記載されている。(11欄7存ないし13行)

同じく、昭和51年実用新案登録願第12904号の願書に最初に添付した明細書および図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和52年実用新案出願公開第104414号公報参照、以下「引用例2」という。別紙図面3参照)には、臀部当接部に平均的なゆとりが形成されて身体にピッタリしたショーツの提供を目的とした、後身中央片と股間当接片との縫着構成部分に特徴があるショーツが記載され、上記特徴は、「後身中央片と股間当接片の相互縫着縁部が、脚口に近付くにつれて徐々に重なる状態の、例えば所定の曲率半径の、曲線縁に裁断形成する」(4頁10行ないし12行、および第1図参照)ことであり、「後身中央片と股間当接片の相互縫着縁部が、脚口に近付くにつれて徐々に重なる状態の曲線縁に裁断し、これを重ねることなく縫着すると…後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨み13、14が形成されて臀部形状にピツタリする形態とすることができる。」(4頁13行ないし5頁4行)と説明されている。

同じく引用した、「服飾手帳」夏’79、NO.330(28巻3号)22頁、19の図(同96頁製図参照)および20図(昭和54年6月服飾手帳社発行、以下「引用例3」という。別紙図面4参照)には、ショーツ部の前部片の両側縁がそけい線以上に位置するように凹弧状に形成されている水着が記載され、「ミセス」昭和53年6月号、53頁、図6(昭和53年6月7日文化出版局発行、以下「引用例4」という。別紙図面5参照)には、前部片の上縁が水平一直線状になっているショーツが記載されている。

(3)  本願考案と引用例1記載の発明とを対比すると、後者の「臀部包囲部」、「腹部包囲部」および「股部包囲部」の各部片は、前者の「後部片」、「前部片」および「連結片」にそれぞれ相当し、また、下着の素材としてメリヤスはきわめて普通のものであるから、両者は、「下腹部を覆う前部片と、左右両臀部を覆う後部片と、股間部を覆いかつ前部片と後部片を連続せしめている連結片とよりなり、前部片の上部両側に左右方向にのびた突出部が形成せられ、後部片の上部両側に左右方向に、かつ斜め上方向にのびた突出部が形成せられ、前部片の突出部の端縁と後部片の突出部の端縁とが同じ長さになされるとともに各片中心線に向かって上方に傾斜せしめられ、後部片の上縁は同片の中心線上が最もへこんでいる彎曲形状となされており、後部片が左右両臀部のほぼ全体を包むようにその左右両側縁が凸弧状に形成せられ、前部片及び後部片の両突出部がこれらの端縁において縫い合わされるとともに、後部片の下縫合用縁が連結片の後縫合用縁に縫い合わされており、前部片、後部片および連結片がメリヤス製であるパンティ、ブリーフなどの下着」という点で同じであるが、下記の点で相違している。

(4)  相違点

〈1〉 本願考案は、相互に縫い合わすべき後部片の下端および連結片の一端の間に、これらを突き合わせた状態において後部片および連結片の中心線に対し左右対称でかっ中心線に向かって巾が漸増した間隙を生じせしめるように、臀部片の下端を凹形状に、股間片の一端を凸形状にそれぞれ形成し、後部片の下縫合用縁の左右端が連結片の後縫合用縁の左右端の近傍に位置せしめられているのに対し、引用例1記載の発明は、両片の間に間隙が生じない凹形状、凸形状に形成し、後部片の下縫合用縁の左右端が連結片の後縫合用縁の左右端と一致している点。

〈2〉 本願考案は、下着の着用時に後部片と連結片の縫合部が左右両後部間のほぼ最下端に位置するように後部片と連結片を形成しているのに対し、引用例1記載の発明は、上記のように形成されているか否か不明である点。

〈3〉 本願考案は、後部片の上部両側の突出部が前部片と後部片とを両側の中心線を合致せしめて重ね合わせたさい、前部片の突出部より左右方向にかつ斜め上方向に突出するように形成せられているのに対し、引用例1記載の発明は、後部片と前部片との関係は明確でない点。

〈4〉 本願考案は、後部片の両突出部の下縁が凹弧状に形成せられて同片の両凸弧状側縁にそれぞれ連なるように形成されているのに対し、引用例1記載の発明は、その構成が存在しない点。

〈5〉 本願考案は、中深型であって、前部片の上縁が一直線状に形成せられているのに対し、引用例1記載の発明は、深さは不明であり、しかも、同片の中心線上が最もへこんでいる彎曲形状となっている点。

〈6〉 本願考案は、前部片の左右両側縁がそけい線以上に位置するように両側縁が凹弧状に形成せられているのに対し、引用例1記載の発明は、両側縁が凹弧状に形成せられてはいるが、そけい線以上に位置するようにはなっていない点。

(5)  そこで、上記相違点について検討する。

〈1〉 相違点〈1〉について

引用例2に記載の「後身中央片と股間当接片の相互縫着縁部が、脚口に近付くにつれて徐々に重なる状態の、例えば所定の曲率半径の、曲線縁に裁断形成する」ことにより、相互に縫い合すべき後部片の下端および連結片の一端の間に、これらを突き合わせた状態において後部片および連結片の中心線に対し、左右対称でかつ中心線に向かって巾が漸増した間隙を生じるものと認められる。

そして、引用例2の後身中央片は本願考案の後部片の一部に相当し連結片との関係においては両者は同じといえるから、「相互に縫い合わすべき後部片の下端および連結片の一端の間に、これらを突き合わせた状態において後部片および連結片の中心線に対し左右対称でかつ中心線に向かって巾が漸増した間隙を生じせしめるように、後部片の下端を凹形状に、連結片の一端を凸形状にそれぞれ形成し、後部片の下縫合用縁の左右端が連結片の後縫合用縁の左右端の近傍に位置せしめるようにする」ことは、引用例2により、本出願前に公知といえる。

そして、この構成を採ることにより、「後身中央片の縦方向の中心線部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨みが形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる」という、本願考案の「後部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成せられる」という効果と、同様の効果が奏されることもすでに本出願前に公知のことである。

たしかに、引用例2におけるパンティ(ショーツ)は後身中央片と前身形成片と股間当接片とからなり、かつ後身中央片と前身形成片を縫合する縁はそれぞれ凸曲線となっている形のものである。

しかし、引用例2における「後身中央片の縦方向の中心線部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨みが形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる」という効果は、引用例2における「後身中央片と前身形成片を縫合する縁はそれぞれ凸曲線となっている」構成と「後身中央片と股間当接片の相互縫着縁部が、脚口に近付くにつれて徐々に重なる状態の曲線縁に裁断し、これを重ねることなく縫着する」という構成とが組み合わされて初めて奏される効果ではなく、後身中央片と股間当接片との縫着構成部分の構成により奏される効果といえるから、引用例1記載のパンティとはその形を異にしているが、引用例1記載のパンティに、臀部形状にピッタリするように、引用例2により公知の後部片と連結片との縫着構成部分の特徴を適用することは、当業者にとってきわめて容易なことである。

〈2〉 相違点〈2〉について

下着を体の形状にフィットさせたいという課題は、すでにこの分野においてよく知られていることであり、人間の臀部の形状をみれば、左右両臀部間の谷間は左右両臀部間のほぼ最下端から形成されている。

したがって、後部片と連結片との縫着構成部分の特徴により「後身中央片の縦方向の中心線部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨みが形成される」効果を奏する該縫合部を、臀部の谷間が始まる左右両臀部間のほぼ最下端の位置にもってきて、縫合部の谷間を両臀部間の谷間にくいこませ、その左右の膨みにより左右両臀部を包み臀部形状にピッタリとした形状にするようなことは、当業者がきわめて容易に考えつくことであり、該縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端にもってくることができないという特別の事情も存在しない。(縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端にもってくることは普通のことである。たとえば、昭和35年実用新案出願公告第17956号公報、昭和12年実用新案出願公告第6349号公報、参照)

したがって、下着の着用時に後部片と連結片の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように後部片と連結片を形成することも、当業者にとってきわめて容易なことである。

〈3〉 相違点〈3〉について

前部片と後部片とを両者の中心線を合致せしめて重ね合わせたさい、後部片の突出部を、前部片の突出部より左右方向に、かつ斜め上方向に突出するように形成することは格別のことではない。(たとえば、登録意匠第438405号公報、参照)

前部片の左右端の一部を後部片の左右端にもってきて、前部片と後部片の縫合部を腹部側に形成すれば、後部片の上縁が彎曲形状になっているパンティにおいては自ずとそうならざるを得ないものであり、縫合部をどの位置にもってくるかは当業者が適宜にきめ得ることであって、腹部側にもってくることも知られている。(昭和35年実用新案出願公告第17956号公報、米国特許第2739314号明細書、参照)

〈4〉 相違点〈4〉について

相違点〈3〉で述べたように、前部片の左右端の一部を後部片の左右端にもってきて、前部片と後部片の縫合部を腹部側に形成すれば、後部片の両突出部の下縁が凹弧状になるのも必然である。

そして、同片の両凸弧状側縁にそれぞれ連なるように形成するのも、滑らかな線を出すために当業者が当然とるべき措置にすぎない。

〈5〉 相違点〈5〉について

前部片の中心線上が最もへこんだ彎曲形状となった浅型のものも(引用例3の図20、参照)中心線上が最もとびだして凸状となった深型のものも(昭和38年実用新案出願公告第25027号公報、参照)、どちらも周知のものであり、引用例4に示されているように前部片の上縁がほぼ水平一直線上になっているパンティも存在するのであるから、パンティの深さ、すなわち上縁が腹部のどこに位置するかによって、もっともよくフィットする上縁の形状を見いだす程度のことは、当業者にとって格別困難なことではない。

〈6〉 相違点〈6〉について

前部片の左右両側縁がそけい線以上に位置するように両側縁が凹弧状に形成することも引用例3により知られていることであるから、必要に応じ当業者が適宜に採用できる構成にすぎない。

(6)  以上のとおりであり、上記相違点を総合し勘案してみても、本願考案の効果は、引用例1および4の記載から予期し得る範囲を越えて優れているものとはいえない。

(7)  したがって、本願考案は引用例1および4に記載された発明および考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められ、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることはできない。

4  審決の取消事由

審決の本願考案の要旨、引用例1ないし4の記載事項、本願考案と引用例との相違点〈1〉ないし〈6〉の認定は認めるが、審決は、本願考案と引用例1記載の考案との一致点の認定を誤り、また、引用例2記載の考案の技術内容および作用効果の認定を誤ることにより相違点〈1〉、〈2〉に対する判断を誤り、また、本願考案の技術内容の認定を誤ることにより相違点〈5〉に対する判断を誤り、さらに、本願考案の奏する作用効果の顕著性を看過し、もって本願考案の進歩性を否定したもので、違法であるから、取消しを免れない。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、本願考案と引用例1記載の発明とは、「後部片が左右両臀部のほぼ全体を包むようにその左右両側縁が凸弧状に形成せられ」ている点で、両者は同じであると認定している。

なるほど、引用例1記載のパンティの後部片もその左右両側縁は凸弧状であるが、左右両臀部のほぼ全体を包み得るような凸弧状ではない。このことは、本願考案の別紙図面1の第10図を参照し、同第6図の示す後部片の上に、引用例1の別紙図面2の第1図の後部片部分を、その中心線における高さが本願考案の後部片と同一になるようにして重ねてみれば明らかである。

したがって、引用例1記載のパンティの後部片では、本願考案の作用効果における「球状に張出した左右両臀部全体を個別に包み」という点を期待できないから、審決の前記一致点の認定は誤りである。

(2)  取消事由2(相違点〈1〉に対する判断の誤り)

〈1〉 審決は、引用例2記載の構成を採ることにより、「『後身中央片の縦方向の中心線部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨みが形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる』という、本願考案の『後部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成せられる』という効果と、同様の効果が奏されることもすでに本出願前に公知のことである。」と判断している。

しかしながら、引用例2に、「後身中央片と股間当接片との縫着縁部を、脚口に近付くにつれて重なる状態に裁断し、これを重ねることなく縫着すると共に前身片と後身中央片との縫着線も曲率大なる凸曲線としてこれを縫着した」(明細書4頁13行ないし17行)と記載されていることから明らかなように、引用例2記載のパンティ(ショーツ)には、2種類の縫着部が存在する。上記に「各縫着部」とあるのは、その故であり、他の記載でも、「各縫着部に沿う滑らかな膨み13、14が形成され」(5頁2行、3行)と、2種類の縫着部に対応する2種類の膨みが異なる符号で示されている。

上記説明と引用例2の第2図を参照すれば、上記審決で対比された本願考案と引用例2記載の考案が奏する作用効果が決して同様なものでないことは明白である。

また、審決は、「引用例2における『後身中央片の縦方向の中心線部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨みが形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる』という効果は、…後身中央片と股間当接片との縫着構成部分の構成により奏される効果といえる」と判断しているが、これもまた誤りであることは、上記の理由から明らかである。

被告は、上記「後身中央片と股間当接片の相互縫着縁部が、脚口に近付くにつれて徐々に重なる状態の曲線縁に裁断し、これを重ねることなく縫着する」という構成(被告のいう「間隙の構成」)のみで「後身中央片の中心線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成される」という本願考案と同一の作用効果が得られるとするが、被告のいう「間隙の構成」のみでは、びてい骨近傍両側の左右両臀部における各後方立体状突出部を「上下方向から」滑らかに包み得る膨み14が得られるにすぎず、縦のくぼみおよびその両側の各後方立体状突出部を「左右方向から」滑らかに包み得る膨み13は形成されない。

〈2〉 上記「各縫着部」が、引用例2記載のパンティにおける後身中央片と股間当接片との縫着部を指すものとしても、本願考案の「後部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成される」という作用効果とは相違する。何故なら、引用例2記載の考案における各縫着部は、その第2図からみて、着用時左右両臀部間の最下端よりはるか上方で、その中央がびてい骨近傍に位置するものと認められる。だからこそ、「略台形で…裁断形成された後身中央片」(引用例2の実用新案登録請求の範囲)と記載されているのである。上記縫着部が着用時左右両臀部間のほぼ最下端に位置するとすれば、後身中央片が略台形に裁断形成されるようなことはあり得ない。

略台形の底辺に相当する部分を股間当接片と縫着するのであるから、その縫着部の長さも長く、膨み14もその縫着部の中央から両側に、若干斜め外下がりではあるが、横方向にのびることになる。

以上のことからみて、引用例2記載の考案における縫着部の技術的思想は、臀部において、びてい骨近傍に谷間が生じるようにするとともに、びてい骨近傍両側の左右臀部における各後方立体状突出部を上下方向から滑らかに包み得る膨み(ゆとり)を「後身中央片と股間当接片との縫着縁部を、脚口に近付くにつれて重なる状態に裁断し、これを重ねることなく縫着する」ことによって得ることにある。引用例2の第2図において、横方向にのびた破線14で示されている帯状域は、このことを示している。

引用例2にいう「臀部形状にピッタリする形態」における「臀部形状」とは、びてい骨近傍とその両側部分の形状を指しており、この部分にピッタリさせるのが、びてい骨近傍における「後身中央片と股間当接片との縫着部の中心部分の谷間」と、「後身中央片と股間当接片との縫着部に沿う滑らかな膨み14」と、「前身片と後身中央片との縫着部に沿う滑らかな膨み13」である。したがって、後者の縫着部、すなわち引用例2記載の縫着部の中心は、びてい骨近傍、すなわち第2図に示されている位置になければ意味がない。

〈3〉 審決は、「引用例1記載のパンティに、臀部形状にピッタリするように、引用例2により公知の後部片と連結片との縫着構成部分の特徴を適用することは、当業者にとってきわめて容易なことである。」と述べているが、引用例2記載の縫着部はその技術的思想上上記特定位置にあってこそ意味があるところ、引用例1記載のパンティでは後部片と連結片との縫着部の位置が引用例2の縫着部の位置と同じであればともかく、その位置が必ずしも明瞭でないから、上記の「きわめて容易」という判断は否定せられざるを得ない。

(3)  取消事由3(相違点〈2〉に対する判断の誤り)

審決は、「後部片と連結片との縫着構成部分の特徴により『後身中央片の縦方向の中心線部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨みが形成される』効果を奏する該縫合部を、臀部の谷間が始まる左右両臀部間のほぼ最下端の位置にもってきて、縫合部の谷間を両臀部間の谷間にくいこませ、その左右の膨みにより左右両臀部を包み臀部形状にピッタリとした形状にするようなことは、当業者がきわめて容易に考えつくことであり、該縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端にもってくることができないという特別の事情も存在しない。…したがって、下着の着用時に後部片と連結片の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように後部片と連結片を形成することも、当業者にとってきわめて容易なことである。」と判断している。

引用例2記載の考案における縫着部の技術的思想が前記(2)のとおりである以上、これを臀部の谷間が始まる左右両臀部間のほぼ最下端の位置にもってきては、その技術的思想が失われてしまう。なぜなら、後部片と連結片の縫着部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置すると、引用例2の第2図に示されているような縫着部に沿う滑らかな膨みが得られないからである。

ところで、本願考案において、「縫い合わせ前の後部片(3)の下縫合用縁(33)および連結片(4)の後縫合用縁(42)の間に、これらを突き合わせた状態において、後部片(3)および連結片(4)の中心線(l)に対し左右対称でかつ中心線(l)に向って幅が漸増した間隙(5)を生ぜしめるように、後部片(3)の下縫合用縁(33)が凹形状に、連結片(4)の後縫合用縁(42)が凸形状にそれぞれ形成せられ」ているのは、「着用時左右両臀部間の谷に相当する位置に間隙分だけ後部片にメリヤス地不足分が生じる」(平成4年7月10日付け手続補正書添付の明細書(以下「訂正明細書」という。)10頁4行、5行)ようにするためである。そのためには、「着用時後部片(3)と連結片(4)の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように後部片(3)および連結片(4)が形成せられ」ていなければならない。上記メリヤス地不足分が生じるので、「着用時後部片の中心線上が最も強くかつ中心線から両側方にいくにしたがって漸次弱く連結片側に引張られる。その結果、後部片が左右両臀部間の谷にくいこむ。」(同9頁20行ないし10頁3行)のである。「着用時には後部片の中心線上に縦のくぼみが形成せられるにともないその両側に相対的にふくらみが形成せられる」(同10頁14行ないし16行)のは、上記のように後部片が連結片側に引張られるからである。

審決は、縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端にもってくることは普通のことであるとして公知文献を挙げるが、問題は特定形状の後部片と連結片が形成する縫合部を上記のほぼ最下端にもってくることがきわめて容易か否かであり、これらの公知技術によっては、そのような構成を得ることはできない。

したがって、「下着の着用時に後部片と連結片の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように後部片と連結片を形成することも当業者にとってきわめて容易なことである。」との審決の判断は失当である。

(4)  取消事由4(相違点〈5〉に対する判断の誤り)

審決は、「パンティの深さ、すなわち上縁が腹部のどこに位置するかによって、もっともよくフィットする上縁の形状を見いだす程度のことは、当業者にとって格別困難なことではない。」と判断している。

本願明細書には、「第13図は、浅型、中深型および深型の下着の各構成片を統一的に示すものである。これらの各構成片が縫い合わされて各下着が製造され、その下着が着用されたときには、前部片(29)(2)(28)の上縁(25)および後部片(39)(3)(38)の上縁(35)は、臀部、側部および下腹部のふくらみによって、矢印で示すように、それぞれ水平線(L3)(L2)(L1)の高さ位置まで下る。」(訂正明細書26頁6行ないし14行)と記載されている。

この記載と第13図を参照すれば、下着着用時、前部片の上縁が一直線状になるようにするためには、他の構成片との縫合前の前部片の上縁が、浅型では中心が最もへこんだ形でゆるやかに湾曲し、中深型では一直線状、深型では中央が最も上方に突出するように湾曲していなければならないことが分かる。本願考案において中深型の下着の上縁を一直線状にしたのは、この理由によるものである。

ところが、引用例3の図20に示されているのは、浅型の水着であり、前部片の中心線が最もへこんだ彎曲形状となってはいるが、これは着用時の状態である。また、昭和38年実用新案出願公告第25027号公報(甲第8号証、別紙図面6参照)に示されているのは、肥満症の婦人や妊婦用に考えられた深型のズロースであり、中心線上が最もとびだして凸状となってはいるが、これは前部片も後部片もない筒状のものであり、上端周縁部の前縁を高く、後縁を低く構成したものにすぎない。そして、引用例4に示されたパンティは、着用した状態で前部片の上縁がほぼ水平一直線状になってはいるが、これは女性用水着であって、超浅型である。

要するに、これらの引用例によっては、本願考案の「中深型の下着を着用すると、前部片および後部片の縫い合わされた突出部が臀部の後方への張り出しによって引っぱられて下にさがるのにつられ、後部片の上縁が水平一直線状になる。他方、下腹部のふくらみのほぼ頂点に前部片の一直線状の上縁が位置することになるので、結局下着の上周縁全体が水平一直線状になる。」(訂正明細書7頁17行ないし8頁4行)という本願考案特有の作用効果を予期することはできない。

したがって、中深型の下着において、他の構成片との縫合前の前部片の上縁を一直線状に形成するということは、決して当業者にとって容易なことではない。

(5)  取消事由5(顕著な作用効果の看過)

〈1〉 本願考案の下着によれば、「これを着用したさい下着前部の上縁は腹部のふくらみのほぼ頂点に位置して水平一直線状になるとともに同後部の上縁も下着前部の上縁と同レベルの水平一直線状となり、臀部片が球状に張出した左右両臀部全体に個別的に密着するとともに左右両臀部間の谷にくいこんで下着を人体に固定しかつ前記谷の下端部分にたるみやしわも発生しないから、身体の動きによりずれ動くことがなく、立体的な臀部形態に全体的にフィットして、はき心地もきわめてよい。」(訂正明細書27頁1行ないし11行、「臀部片」は「後部片」の誤記である。)という格別の作用効果を奏する。

〈2〉 また、「腹部片の凹弧状の左右両側縁がそけい線以上に位置するとともに、両側縁が凸弧状である臀部片の両突出部の凹弧状下縁が、これらにそれぞれ連なることにより、脚が長くみえ、したがって深型の下着にかかわらず外観上体裁がよい」(同27頁17行ないし28頁2行、「腹部片」は「前部片」の、「臀部片」は「後部片」の、「深型」は「中深型」の各誤記である。)という格別の作用効果を奏する。

〈3〉 さらに、「着用時腹部片の両側縁が上記のようにそけい線以上の位置にあっても臀部片が左右両臀部間の谷にくいこんでいるため、腹部片の両側縁が高い位置にあることにつられてかがんだりしたさい後部片の側縁下部がめくれあがるというおそれもない。」(同28頁5行ないし10行、「腹部片」は「前部片」の、「臀部片」は「後部片」の誤記である。)という格別の作用効果を奏する。

〈4〉 審決は、「本願考案の効果は、引用例1および4の記載から予期し得る範囲を越えて優れているものとはいえない。」と判断した。

しかしながら、開示されている後部片は球状に張出した左右両臀部全体を包み得ないものである引用例1、着用時びてい骨近傍に谷間をつくり、そこから後部片と連結片の縫着部に沿ってほぼ横方向にのびた膨みの形成を意図したパンティを示す引用例2、着用した状態で前部片の中心線上が最もへこんだ彎曲形状となった浅型の水着を示す引用例3、着用時の状態で前部片の上縁がほぼ水平一直線状になっている超浅型水着を示す引用例4の記載によっては、上記本願考案特有の作用効果は到底期待することができない。

人体の形態、動態は複雑であって複数の布片の形状とその組み合わせが重要であるから、本願考案の作用効果を判断する際には、各布片が他の布片との関係でどのような機能を有するかを検討しなければならない。各引用例記載のものは、異なる課題解決のための構成を有するものであって、相互に容易に結びつくような性質のものではないのである。審決は、まるで平面的な貼り絵の選択のような考えでものごとを論じており、この点から誤りが生じている。

このように、本願考案の作用効果の顕著性を否定した審決の判断は誤りである。

(6)  以上の理由により、審決の認定判断は誤っており、違法であるから、取り消されるべきである。

第3  請求の原因に対する認否および被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

原告は、引用例1記載のパンティの後部片の左右両側縁は、左右両臀部のほぼ全体を包むような凸弧状ではないから、審決の一致点の認定は誤りであると主張する。

しかしながら、本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載された「左右両臀部のほば全体を包むような凸弧状」は別紙図面1の第6図に示される形態に限られるものではない。このことは、本願明細書の「後部片(3)の左右両側縁(32)によって囲まれた領域の広さと形状は、左右臀部間のふくらみの程度とその輪郭の形状に応じて決められる。」(補正明細書18頁10行ないし13行)との記載より明らかである。

引用例1の第1図に示された後部片をみれば、左右両端縁は左右両臀部のほば全体を包むよう凸形状に形成されていて、第3図をみても、左右両臀部のほぼ全体を包むような出来上がり図が示されているから、引用例1の後部片も「左右両臀部のほぼ全体を包むような凸弧状」といえるものである。

したがって、審決に原告の主張するような一致点の認定の誤りはない。

(2)  取消事由2(相違点〈1〉に対する判断の誤り)について

〈1〉 原告は、審決が引用例2記載のパンティの後身中央片と股間当接片との縫着部の構成による効果を本願考案の「後部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成される」という効果と同じものであると判断したことは誤りであると主張する。

しかしながら、引用例2には、「後身中央片と股間当接片との縫着縁部を、脚口に近付くにつれて重なる状態に裁断し、これを重ねることなく縫着すると共に前身片と後身中央片との縫着縁も曲率大なる凸曲線としてこれを縫着したから、…。しかも後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨み13、14が形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる。」(4頁13行ないし5頁4行)と、その効果を後身中央片と股間当接片との縫着部の構成(以下「間隙の構成」という。)と、前身片と後身中央片との縫着部の構成(以下「凸曲縁の構成」という。)とによる作用効果の総和として記載している。

そして、「後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となる」のは、、中心線12と接触して該部に作用を及ぼす「間隙の構成」に起因するとみるのが妥当である。何故ならば、「凸曲縁の構成」は、中心線12と接触していないので中心線12には何ら作用せず、中心線12部分の谷間を形成するのに寄与するものとは考えられず、単に膨み13を形成するにすぎない。そして、「間隙の構成」により、後身中央片の縦方向の中心線12が谷間となる以上、その左右は必然的に膨むから、膨み14となり、これらがあいまって、「後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となり、その左右に縫着部に沿う滑らかな膨み14が形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる。」という作用効果を奏するものと解される。

そのうえ、「凸曲縁の構成」が加われば、膨み13が形成され、臀部形状にさらにピッタリする作用効果を奏するであろうが、「間隙の構成」だけでも、「後部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成される」という本願考案と同一の作用効果を奏しているといえる。

たしかに、原告主張のとおり、審決の「各縫着部」の語は不適切で「縫着部」というべきであったが、この「各縫着部」とは「間隙の構成」に係る縫着部の意であることは審決の他の記載部分から明らかであって、該不適切さは審決の結論に影響を及ぼすものではない。

〈2〉 原告は、「各縫着部」が上記の意であったとしても、引用例2記載のパンティの谷間およびその両側の膨み14の形成される位置と本願考案のパンティのくぼみとその両側の膨みが形成される位置の相違を挙げて、審決の判断の誤りを主張する。

しかしながら、間隙の構成により後部片(後身中央片)の中心線上にくぼみ(谷間)が生じ、その両側に膨みが形成されることは、間隙の構成に係る縫合部の位置に関係なく生ずることであり、縫合部の位置の違いはそれによりフィットさせようとする臀部の位置が相違するものにすぎず(後述)、パンティの形状を臀部形状の凹凸に合わせようとしたものであることに違いはない。

本願考案のパンティの間隙の構成も引用例2記載のパンティの間隙の構成も構成自体に違いがないのであるから、間隙の構成の一般的な効果においては違いはなく、審決の判断に誤りはない。

〈3〉 さらに、原告は、上記の縫合部の位置が明瞭でない引用例1記載のパンティに、特定位置にあってこそ意味がある引用例2記載の間隙の構成を適用することはきわめて容易なことではないと主張する。

しかしながら、審決は、位置との関係はさておき(この点は相違点〈2〉において判断している。)、引用例2記載の間隙の構成を引用例1記載のパンティに適用することは当業者にとってきわめて容易であるといったまでであり、事実きわめて容易である。

(3)  取消事由3(相違点〈2〉に対する判断の誤り)について

原告は、間隙の構成に係る縫合部を着用時に左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように後部片と連結片を形成することは、当業者にとってきわめて容易であるとした審決の判断は誤りであると主張している。

しかしながら、本願考案のパンティと引用例2記載のパンティにおける間隙の構成に係る縫合部の位置の違いは、それによりフィットさせようとする臀部の位置が相違するものにすぎない。すなわち、本願考案のパンティは、くぼみおよびその両側の膨みを左右両臀部のほぼ最下端に生じさせ、左右両臀部間のほぼ最下端の谷間にくいこませて臀部形状にフィットさせようとしたものであるのに対し、引用例2記載のパンティにおいては、びてい骨付近において左右に盛り上がる臀部とその間にできる谷間にフィットさせようとしたものであり、いずれも臀部形状の凹凸に合わせようとした点では違いはない。

左右両臀部間のほぼ最下端付近も、びてい骨付近も、いずれも谷間とその左右の膨みからなるほぼ同様の形状であることは、いうまでもないことであるから、間隙の構成に係る縫合部を、ほぼ同じ状態で対応可能な位置といえる左右両臀部間のほぼ最下端にもってくることは、当業者にとってきわめて容易といえる。

(4)  取消事由4(相違点〈5〉に対する判断の誤り)について

パンティの深さは当業者が適宜に決め得るものである。

そして、中深型ではないにしても、着用時に上縁をほば一直線状にしようという技術的思想は引用例4によりすでに知られていることであるから、特定の構成を有する中深型のパンティにおいて着用時に上縁をほぼ一直線状にしようとしたければ、当業者が適宜になし得ることであり、その結果が前部片の上縁が一直線状であるということにすぎない。

しかも、腹部の膨みを覆うために上縁を凸状にしたものは、審決に例示したように周知であって(甲第8号証)、前部片の上縁が凹状である引用例1記載のパンティを中深型であるとすると、着用時前部片の上縁が凹弧状となり、腹部の頂点が突き出して露出し体裁が悪いのを改良するという本願考案の課題(訂正明細書4頁11行ないし15行)からみれば、腹部の膨みに対応するゆとりを前部片の上縁に設けるという点で、前部片の上縁を凹状よりはゆとりを生じる一直線状にすることは、甲第8号証の技術的思想と同一の線上の思想にすぎない。

したがって、パンティの深さ、すなわち、上縁が腹部のどこに位置するかによって、最もよくフィットする上縁の形状を見いだす程度のことは、当業者にとって格別困難なことではないとした審決の判断に誤りはない。

(5)  取消事由5(顕著な作用効果の看過)について

〈1〉 「着用した際、前部の上縁は腹部の膨みのほぼ頂点に位置して下着の上周縁全体が水平一直線状になる」点について

パンティの深さは、当業者が適宜に決め得るものであるから、着用した際、前部の上縁が腹部の膨みのほぼ頂点に位置する点は、選択の結果にすぎない。

また、引用例4には、下着の上周縁全体が水平一直線状であるか否かは不明であるが、着用時に前部片の上縁をほぼ一直線状にしたパンティが示されていて、しかも、一般にズボンやスカートなど下半身に付けるもののウェストラインを着用時上周縁全体を水平一直線状にしようとするのは普通のことであるから、パンティにおいても上周縁全体を水平一直線状にすることは当業者が適宜に選択できることであり、これもまた、選択の結果であって、上記作用効果は格別の効果とまではいえない。

〈2〉 「後部片が球状に張出した左右両臀部全体に個別的に密着するとともに左右両臀部間の谷にくいこんで下着を人体に固定しかっ谷の下端部分にたるみやしわも発生しないから、体の動きによりずれ動くことがなく、立体的な臀部形態にフィットして、はき心地がよい」点について

引用例2記載の間隙の構成により、臀部片(後部片)の中心線上に谷間ができるとともに、その左右に膨みができ、その谷間および左右の膨みによりパンティを臀部形状にフィットさせるという作用効果を奏することは公知である。

しかも、引用例1記載のパンティに該間隙の構成を適用すること、その際、左右両臀部間のほぼ最下端の谷間にくいこませて臀部形状にフィットさせるために、間隙の構成に係る縫合部を左右両臀部間の最下端に位置させることは、前記(2)(3)で述べたように、当業者がきわめて容易になし得ることであるから、引用例2記載の考案により公知の作用効果を、単に位置を代えて奏し得るようにしたにすぎない。

したがって、上記作用効果は、当業者が引用例1記載の発明および引用例2記載の考案から予測し得る効果である。

〈3〉 「前部片の凹弧状の左右両側縁がそけい線以上に位置するとともに、両側縁が凸弧状である後部片の両突出部の凹弧状下縁が、これらにそれぞれ連なることにより、脚が長くみえ、したがって中深型の下着にかかわらず外観上体裁がよい」点について

脚ぐりを深くすれば露出部が広くなり、それだけ脚が長くみえるのは、引用例3にみるように当たり前のことであるから、この作用効果も予測し得る範囲のものである。

〈4〉 「後部片が左右両臀部間の谷にくいこんでいるため、前部片の両側縁が高い位置にあってもかがんだ際に後部片の側縁下部がめくれない」点について

この作用効果は、上記〈2〉の効果を、別の観点からいったものにすぎない。

〈5〉 したがって、本願考案の奏する作用効果は、引用例1および4の記載から予期し得る範囲を越えて優れているものとはいえないとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、以下原告の主張について検討する。

1  甲第2号証(実用新案登録願書並びにこれに添付された明細書および図面)、第3号証(平成4年7月10日付け手続補正書により補正された明細書および図面)によれば、本願明細書には、本願考案の技術的課題(目的)、構成および作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  この考案は、中深型のパンティ、ブリーフなどの下着に関する。(訂正明細書3頁12行ないし13行)

(2)  昭和52年特許出願公開第21950号公報(引用例1)には、前部片、後部片および連結片が縫合されてなるパンティが開示されているが、このパンティが中深型であるとすると、その構成からして、着用時前部片の上縁は凹弧状となり、腹部の頂点が突き出して露出し、体裁が悪い。(同3頁19行ないし4頁14行)

(3)  本願考案は、外観上の体裁がよく、かつ左右両臀部全体を個別にしっかり包み込んでフィット性に優れてはき心地がよく、しかも脚が長くみえるとともに動かし易い、メリヤスの特性を生かした中深型のパンティ、ブリーフなどの下着を提供することを目的とし、要旨記載の構成(同1頁5行ないし3頁9行)を採用した。(同4頁15行ないし20行)

(4)  本願考案による中深型の下着は、以下のような効果を奏する。

〈1〉 これを着用したさい下着前部の上縁は腹部のふくらみのほぼ頂点に位置して水平一直線状になるとともに同後部の上縁も下着前部の上縁と同レベルの水平一直線状となり、臀部片が球状に張り出した左右両臀部全体に個別的に密着するとともに左右両臀部間の谷にくいこんで下着を人体に固定しかつ前記谷の下端部分にたるみやしわも発生しないから、身体の動きによりずれ動くことがなく、立体的な臀部形態に全体的にフィットして、はき心地もきわめてよい。(同27頁1行ないし11行)

〈2〉 腹部片の凹弧状の左右両側縁がそけい線以上に位置するとともに、両側縁が凸弧状である臀部片の両突出部の凹弧状下縁が、これらにそれぞれ連なることにより、脚が長くみえ、したがって深型の下着にかかわらず外観上体裁がよいし、太ももの付け根に腹部片が被さらないから、腰を折ったり脚を動かしたりするのに邪魔にならず動きやすい。(同27頁17行ないし28頁4行)

〈3〉 着用時腹部片の両側縁が上記のようにそけい線以上の位置にあっても臀部片が左右両臀部間の谷にくいこんでいるため、腹部片の両側縁が高い位置にあることにつられてかがんだりしたさい後部片の側縁下部がめくれあがるというおそれもない。(同28頁5行ないし10行)

2(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

原告は、引用例1記載のパンティの後部片もその左右両端縁は凸弧状であるが、左右両臀部のほば全体を包み得るような凸弧状ではないと主張し、このことは、本願考案の別紙図面1の第6図の示す後部片の上に、引用例1の別紙図面2の第1図の後部片部分を重ねてみれば明らかであるとする。

しかしながら、本願考案の別紙図面1の第6図も、引用例1の別紙図面2の第1図も、それぞれの発明または考案の一実施例を示すものであって、いずれの図面も明細書に記載された発明または考案を当業者が容易に実施できるよう、明細書の理解を助けるべく作成されたものにすぎないから、その形状、寸法などが正確に記載された設計図面とは相違するし、その形状、寸法などは必ずしも図面のとおりのものに限定されるものでもない。

仮に、それぞれの図面に記載された形状、寸法が本願考案および引用例1記載の下着のそれを正しく反映しているとしても、前掲甲第3号証によれば、本願の訂正明細書には、「後部片(3)の左右両側縁(32)によって囲まれた領域の広さと形状は、左右臀部のふくらみの程度とその輪郭の形状に応じて決められる。」(18頁10行ないし13行)と記載されていることが認められ、臀部の大きさ、形状などには個人差があることを考慮すると、本願考案の第6図の形状、寸法のみが臀部全体を包み得るということもできない。このように、別紙図面1の第6図と別紙図面2の第1図について原告の主張するような差異が認められるとしても、それのみで引用例1記載のパンティの後部片は左右両臀部のほば全体を包み得るような凸弧状でないと断言することもできない。

他方、引用例1の別紙図面2の第3図に記載されたパンティの形状をみると、臀部包囲部は腹部包囲部よりもかなり下方までのび、脚部開口縁部は臀部側から腹部側に向かって上方に傾斜し、かつ、その脚部開口縁部の形状は脚の断面形状に合わせたものと認められるから、引用例1記載のパンティも両臀部のほぼ全体を包むと解することができる。

このことは、甲第4号証(昭和52年特許出願公開第21950号公報)によれば、引用例1には、その明細書の特許請求の範囲1に「着用者の股座部に沿って臀部の外方に向って延びている縁部を有する脚部開口部を有し、特に股座部分に沿ってひだ寄せをするよう脚部開口縁部に沿い部分的に異った弾性を与える手段を施し、それによって滑らかな外観を与え、各着用者の異った腿部寸法に対しても十分に股座部の外方側に脚部開口縁部を自調整して臀部下方でのしわを防ぎずれなどを生じないようにしたことを特徴とする脚部分のないパンティ」(1欄5行ないし13行)と記載されており、引用例1記載のパンティは臀部下方のしわ防止をその構成要件にしていると認められるから、そのパンティ(臀部包囲部)は着用時に臀部下方まで覆う、つまり、臀部のほば全体を覆うと解することができることからも裏付けられるものである。

したがって、審決に原告の主張する一致点の認定の誤りがあるとすることはできない。

(2)  取消事由2(相違点〈1〉に対する判断の誤り)について

〈1〉 原告は、引用例2には2種類の縫着部が存在することを理由に、本願考案の「後部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成せられる」作用効果と引用例2記載の考案による作用効果は同一でないと主張する。

まず、引用例2記載の考案における後身中央片と股間当接片との縫着部の構成(被告のいう間隙の構成)について検討するに、甲第5号証(実用新案登録願書)によれば、引用例2は、名称を「ショーツ」とする考案であって、その明細書には、「斜辺縁3を曲率大なる凸曲縁とした略台形の後身中央片1の底縁を、所定の曲率半径r、挟角αの凹曲線縁2として、該凹曲線縁2と台形斜辺片3に挟まれる脚口一部形成部4 4’を対称的に形成すると共に鼓形の股間当接片5の後身中央片縫着線6をrα≒Rθ r<R α>θとなる所定の曲率半径R、挟角θの凸曲線縁として両片を縫着7し、且つ脚口一部形成部4 4’を前身片8と股間当接片5によって形成される開口9 9’の一部とするよう縫着し、」(3頁10行ないし4頁1行)、「後身中央片と股間当接片との縫着縁部を、脚口に近付くにつれて重なる状態に裁断し、これを重ねることなく縫着する」(4頁13行ないし15行)と記載されていることが認められる。

そして、本願考案の実用新案登録請求の範囲に「縫い合わせ前の後部片(3)の下縫合用縁(33)および連結片(4)の後縫合用縁(42)の間に、これらを突き合わせた状態において、後部片(3)および連結片(4)の中心線(l)に対し左右対称でかつ中心線(l)に向って幅が漸増した間隙(5)を生ぜしめるように、後部片(3)の下縫合用縁(33)が凹形状に、連結片(4)の後縫合用縁(42)が凸形状にそれぞれ形成せられるとともに、後部片(3)の下縫合用縁(33)の左右端(イ)が連結片(4)の後縫合用縁(42)の左右端(ロ)の近傍に位置せしめられており、」と記載されていることは、当事者間に争いがない。

そうすると、本願考案と引用例2記載の考案とは、その表現において差異はみられるものの、引用例2記載の考案における後身中央片と股間当接片との関係は、本願考案における後部片と前部片との関係と変わるところがないものと認められる。

そして、本願考案の前示「後部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成せられる」作用効果は、前掲甲第3号証によれば、本願の訂正明細書に「後部片の下縫合用縁が連結片の後縫合用縁に上記間隙が縫い合わされており、そして前部片、後部片および連結片がメリヤス製であるから、着用時後部片の中心線上が最も強くかつ中心線から両側方にいくにしたがって漸次弱く連結片側に引張られる。その結果、後部片が左右両臀部間の谷にくいこむ。その理由としては、(ⅰ)着用時左右両臀部間の谷に相当する位置に間隙分だけ後部片にメリヤス地不足分が生じること、(ⅱ)間隙が後部片および連結片の中心線に対し左右対称でかつ中心線に向って幅が漸増した形態であり、両臀部間の谷の形態に対応していること、(ⅲ)前部片、後部片および連結片がよこ方向にはよく伸びるがたて方向には余りのびないメリヤス製であるため、上記谷の形態にそって後部片が局部的に内方にきつくくいこむことをあげることができる。」(9頁17行ないし10頁13行)と記載されていることが認められ、このような理由によるものと認められるが、この点も引用例2記載の考案の後身中央片の縦方向の中心線部分に谷間が形成される理由として予測し得るものと格別相違するものではない。引用例2記載の考案においても、前示縫着部の構成は本願考案と相違するものではなく、また、下着にメリヤス地を用いるのもごく普通のことであるから、本願考案においてそのくぼみの両側に膨みが形成されるのであれば、引用例2記載の考案においても谷間の両側に本願考案と同様の膨みが形成されると当然考えられるものである。

そして、引用例2記載の考案には、前身片と後身中央片との縫着部もあるが、前掲甲第5号証によれば、その明細書には、「前身片と後身中央片との縫着縁も曲率大なる凸曲縁としてこれを縫着した」(4頁15行ないし17行)と記載されていることが認められ、この構成によれば、両辺の縫着部に沿って滑らかな膨みが形成され、この膨みにより、「力の集中する角部が形成されず、集中力による破れを招来しない。」(同4頁17行、18行)、「臀部形状にピツタリする形態とすることができる。」(同5頁3行、4行)という作用効果は期待できるとしても、この構成は、後身中央片の左右両臀部間の谷間の形成には格別寄与するところはないものと認められ、この構成と引用例2の明細書に記載の「後身中央片と縦方向の中心線12部分が谷間となり、」(同5頁1行、2行)の作用効果との間には直接的に関係があるということはできない。

そうすると、引用例2には2種類の縫着部が存在することを理由に本願考案との作用効果の相違を主張する原告の主張は理由がないといわざるを得ない。

〈2〉 原告は、さらに、引用例2記載の考案のショーツの谷間およびその両側の膨みの形成される位置と本願考案のパンティのくぼみとその両側の膨みが形成される位置の相違を挙げて、審決における判断の誤りを主張するけれども、審決はこの点については相違点〈2〉に対する箇所で判断しているので、次項で判断するものとする。

〈3〉 以上により、審決の相違点〈1〉に対する判断に原告主張の誤りは認められない。

(3)  取消事由3(相違点〈2〉に対する判断の誤り)について

原告は、「臀部形状にピッタリする形態」のためには、引用例2の後身中央片と股間当接片の縫着部の中心はびてい骨近傍、すなわち、別紙図面3の第2図に示される位置になければ意味がなく、本願考案の縫着部の位置とは異なることを理由に、審決の相違点〈2〉に対する判断は誤りであると主張する。

前示(2)認定のとおり、引用例2記載の後身中央片の縦方向の中心部分が谷間となるのは、その後身中央片と股間当接片との縫着部の構成のみによるものであると認められ、かつ、そのように谷間となる理由も、本願考案と格別に相違するものではない。

そして、その縫着部の構成が維持される限りは、その縫着部が左右両臀部間の谷間のどの位置にあるかにかかわらず、後身中央片に谷間とそれに沿った膨みが形成されることは、その構成からみて明らかであるということができる。

そうすると、仮に、原告が主張するように、引用例2に後身中央片と股間当接片との縫着部の中心がびてい骨近傍である点が開示されているとしても、それは、フィットさせようとする臀部の位置が本願考案のものと相違しているからにすぎないということができ、そこに開示された縫着部の技術的意義は、縫着部がびてい骨近傍に配置されていなければ意味がないという性質のものとはいえないから、本願考案のように縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように配置することに、格別困難な点があると認めることはできない。

したがって、審決が「引用例1記載のパンティに、臀部形状にピッタリするように、引用例2により公知の後部片と連結片との縫着構成部分の特徴を適用することは、当業者にとってきわめて容易なことである。」と判断したのは正当であり、審決の相違点〈2〉に対する判断に誤りがあるとはいえない。

(4)  取消事由4(相違点〈5〉に対する判断の誤り)について

原告は、中深型の下着において、他の構成片との縫合前の前部片の上縁を一直線状に形成するということは、当業者にとって決して容易なことではないと主張し、その理由として、着用時前部片の上縁が一直線状になるようにするには、縫合前の前部片の上縁が中深型では一直線状でなければならないとの知見が必要であることを挙げている。

しかしながら、引用例4(「ミセス」昭和53年6月号、昭和53年6月7日文化出版局発行)には、前部片の上縁が水平一直線状になっているショーツが記載されていることは、当事者間に争いがない。そして、このショーツが本願考案でいう「中深型」のものではなく、また、本願考案の課題が、前示1(2)認定のとおり、従来のパンティが「中深型であるとすると、着用時その構成上前部片の上縁は凹弧状となり、腹部の頂点が突き出して露出し、体裁が悪い。」(訂正明細書4頁12行ないし14行)ので、本願考案はその点を改良しようとするものであることを考慮するとしても、甲第8号証(昭和38年実用新案出願公告第25027号公報)によれば、名称を「ズロース」とする考案において、腹部の膨みを覆うために上縁を凸状としたものが記載されている(別紙図面6、第4図参照)ことが認められ、このように、縫合前のパンティ等の下着の前部片の上縁が凹弧状で具合が悪ければ凹弧状でない形状にしてみること、たとえば凹弧状よりは凸弧状に近い直線状、さらに凸弧状にしてみる程度のことは、本願考案の下着の形状からみて、当業者が当然なし得る技術的選択であるということができる。甲第8号証に示されている下着が原告主張のように肥満症の婦人や妊婦用であることは、上記判断を左右するものではない。

つまり、腹部の頂点が突き出て体裁が悪いという認識があるのであれば、仮に、縫合前には縫製後の状態が予測し難いとしたところで、縫合前の前部片の上縁の線の具合を変えてみるという試行錯誤を繰り返すのみで、中深型のパンティの着用時に前部の上縁が一直線状になるように前部片の上縁の形状を形成することはできるのであって、その点に何らかの困難があるとは認められない。このことは、着用者の腹部の形状、大きさなどは一様ではないから、着用時に前部片の上縁を必ず一直線状にするというのであれば、着用者に応じて、結局縫製前の上縁の形状を設定しなければならないことを考えると、一層明らかである。

このように、審決の相違点〈5〉に対する判断に誤りがあるとすることはできない。

(5)  取消事由5(顕著な作用効果の看過)について

原告は、本願考案の奏する作用効果は、引用例1ないし4によっては到底予測することができないと主張するので、本願明細書の前示1(4)の記載に基づいて順次検討する。

〈1〉 まず、本願考案において、「これを着用したさい下着前部の上縁は腹部のふくらみのほぼ頂点に位置して水平一直線状になる」との構成は、前示(4)認定のとおり、当業者が容易に実現し得ることであって、格別のこととはいえない。

また、「同後部の上縁も下着前部の上縁と同レベルの水平一直線状となり」との点は、本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載された「後部片(3)の上縁(35)は同片(3)の中心線(l)上が最もへこんでいる彎曲形状となされて」いることにより、前示1(3)認定のように、「中深型の下着を着用すると、前部片および後部片の縫い合わされた突出部が臀部の後方への張り出しによって引っぱられて下にさがる」(訂正明細書7頁17行ないし20行)ことによるものであると認められるが、この点も引用例1記載のパンティと格別相違するものとは認められない。

さらに、本願考案の「臀部片が球状に張出した左右両臀部全体に個別的に密着するとともに左右両臀部間の谷にくいこんで下着を人体に固定しかつ前記谷の下端部分にたるみやしわも発生しないから、身体の動きによりずれ動くことがなく、立体的な臀部形態に全体的にフィットして、はき心地もきわめてよい」との点については、前掲甲第5号証によれば、引用例2においても、後身中央片と股間当接片との縫着部の構成により、「後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨み13

14が形成されて臀部形状にピツタリする形態とすることができる。」(5頁1行ないし4行)と記載されていることが認められ、また、前掲甲第4号証によれば、引用例1においても、「滑らかな外観を与え特に臀部においてずれやしわの生じないようなされ、」(7欄16行ないし18行)、「他の目的は、滑らかな外観と快適な使用感及びずれやしわに対して抵抗力を有する新規な脚部のないパンティを提供することである。」(8欄12行ないし14行)と記載されていることが認められ、これらの引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案から当業者が予測し得ることのできた作用効果であるというべきである。

〈2〉 また、本願考案の「腹部片の凹弧状の左右両側縁がそけい線以上に位置するとともに、両側縁が凸弧状である臀部片の両突出部の凹弧状下縁が、これらにそれぞれ連なることにより、脚が長くみえ、したがって深型の下着にかかわらず外観上体裁がよい」との作用効果は、本願考案のように「後部片の両突出部の下縁が凹弧状に形成せられて同片の両凸弧状側縁にそれぞれ連なって」いるようにすることは当業者が当然採るべき措置にすぎないものと認められるから、この構成において、腹部片の凹弧状の左右両側縁をそけい線以上に位置させれば、その分脚が露出され、結果として脚が長くみえるのは当然というべきであり、この点を本願考案の格別の作用効果ということはできない。

〈3〉 さらに、本願考案の「臀部片が左右両臀部間の谷にくいこんでいるため、腹部片の両側縁が高い位置にあることにつられてかがんだりしたさい臀部片の側縁下部がめくれあがるというおそれもない。」との作用効果は、前示〈1〉の作用効果を言い換えたものにすぎず、本願考案の特有の作用効果であるということはできない。

〈4〉 したがって、本願考案の奏する作用効果は、いずれも引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案から予測し得る範囲のものというべきであるから、審決の作用効果についての判断に誤りがあるとすることはできない。(審決が「本願考案の効果は、引用例1および4の記載から予期し得る範囲を越えて優れているものとはいえない。」としているのは、審決のその余の記載からして、「引用例1ないし4の記載から」の意味であるものと認める。)

原告は、人体の形態、動態は複雑なものであるから、下着においては布片の形状およびその組み合せがきわめて重要であること、各引用例はその解決しようとする課題が異なるものであって、これらを容易に組み合せることはできないことを主張するが、下着を人体にフィットさせようとする個々の技術的思想、技術内容には共通するものがあるから、原告主張のこれらの点を考慮しても、前示認定判断を覆すに至らないというべきである。

3  以上のとおり、原告の主張する審決の取消事由は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面 1

1…下着 2…前部片 3…後部片 4…連結片 5…間隙21…前部片の突出部 22…前部片の側縁 24…前部片の突出部の端縁 25…前部片の上縁 31…後部片の突出部 32…後部片の側縁 33…後部片の下縫合用縁 34…後部片の突出部の端縁 35…後部片の上縁 42…連結片の後縫合用縁 50…後部片の左右突出部の下縁 イ…後部片の下縫合用縁の左右端 ロ…連結片の後縫合用縁の左右端 l…中心線

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面 2

10…仕上りパンティ 12…素材 14…股当パネル 16…脚部開口部用弾性バンド 18…腰部用弾性バンド 20…脚部開口縁部 22…前部腰部縁部 24…後部腰部縁部 26…側部繋部縁部 28…臀部包囲部 30…腹部包囲部 32…股部包囲部

〈省略〉

別紙図面 3

1…後身中央片 2…曲線縁 3…斜辺縁 4、4'…脚口一部形成部 5…股間当接片 6…後身中央片縫着縁 7…縫着9、9'…脚口 10…縁部 11…胴緊締部 12…中心線 13、14…膨らみ

〈省略〉

別紙図面 4

〈省略〉

別紙図面 5

〈省略〉

別紙図面 6

1…伸縮性布地で作られたズロース本体

2…上端周縁部 3…前縁

4…後縁 5…ゴム紐

6…上段紐通し部

7…下段紐通し部

8…紐通孔

9…折返し

10…縫着

〈省略〉

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